巷間

巷間とは海の中のようである。

自分の吐いた息が透明の無数の泡になってゆらゆらと上っていく。それを目で追っていくと、日の光が映ってきらきらと綾をなしている水面が見える。一度、あの上に顔を出してみたいものだと思う。さぞかし綺麗なのだろう。

でも、落ち着いてみれば、同じように思った人が既に海面に集まっているのが見える。一人で器用に立ち泳ぎしている人はいい。少し苦しそうだが、楽しんでいるのだろう。

ただ、多くの人は一ヶ所に集まって押し合いへし合いしている。自分だけ上を見ようと、人の頭を押しつけて伸び上がっている人もいる。一瞬、頭を持ち上げられても、また足を引っ張られてまたすぐに水面下に潜っている。殴られたのか、血が煙幕のように海水に赤く広がることもある。

たまには、筏などを組み上げたのか悠々と海面を漂っているのも見る。そのまわりには、無数の取り巻きが筏から振り放されないようにおべっかを振りまきながらしがみついている。もちろん、その取り巻きの足にしがみついているのも多数だ。下から見ればウニのような影が見える。

そう思いつつ下を見ると、海面を見るのを諦めて海底に沈んで泥と戯れているものたちも見える。自分の友人も何人か居る。自分もそこにいたことにあるが、それはそれで心地のよいものだった。

もしかすると、巷間とは海中ではなく海面なのかもしれない。あのように息をつこうと右往左往するのが巷なのかもしれない。それを敬遠して、海中から見上げているだけの自分は、巷に参加さえしていないのかもしれない。自分は、文字通りの世間の波に身をさらしてやっていくだけの気合がないだけのへたれかもしれない。

もしもいつかお釈迦様が上から蜘蛛の糸をたらしてくれたとしても、自分はそこをのぼっていく勇気があるのだろうか。下からすがりついてくれるものを蹴落とせるだろうか。もし、別の人に糸がたらされたら、いっしょに上ろうとすがりつけるだろうか。海面上に上ることだけが人生の価値だと信じて。

そんなことを考えながらも自分は水中を漂っている。そんな夢を見た。